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世田谷区議会議員 (自由民主党)
都市整備常任委員会委員
地方分権・庁舎問題等対策委員会委員
議会運営委員会参考委員
土地開発公社評議員
予備自衛官(陸上・非常勤)
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出生地 東京都
本籍地 鹿児島県鹿児島市
鹿児島県奄美郡喜界町出身の父、東京都八王子市高尾町出身の母
4人兄弟の長男として生まれる。
名前の「義盛」の義は父の名から、盛は西郷隆盛から拝借し命名。
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勉強は嫌いでなかったが、それ以上に悪戯好きの問題児!?
365日、半ズボン、肥満体。夜になるまで外で遊んで過ごした。
算数が得意で5年生から勉強が楽しくなり、中学受験を目指すが、失敗。
新設校 東浅川小学校卒業。
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吹奏楽部、ハンドボール部に所属。
生徒会副会長を務める。
学業よりも、部活と生徒会に励む三年間。
同校卒業。
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映画、哲学、落語、音楽に熱中した3年間。
将来の進路と大学で何を学ぶか、悩む中、両親の反対を押し切り、中央大学進学を申請せず、浪人生活を選択。
同校卒業。
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専攻は経営学。特に組織論、官僚論、経営史を学ぶ。
かつては苦手であった政治にこのころから引き込まれていく。
大学時代はヨット部に所属。逗子にある合宿所から大学に通う毎日。
部活の成績はK16クラス全日本3位。
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卒業後は、会計の学校に通いながら、国会議員の事務所にお世話になる。政治の流れを大きく変えたいという思いで、日本新党に入党。
都議会議員の秘書をしながら、将来政治家を目指す同世代の仲間と多く出会い出馬を考える。
日本新党解党、新進党結成に伴い、平成7年八王子市議会議員選挙に出馬。
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当選後新進党代表選を通じ小沢一郎先生と出会い、日本政治のあるべき姿に開眼。
新進党解党、時代の即した新しい保守勢力の結集を目指し、自由党入党。
市議会議員を辞し、自由党東京都連役員となり、統一地方選挙に向けた事務局に参画。 自ら候補者として、平成11年世田谷区議会議員選挙に出馬。
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議会内会派「自由党世田谷」を設置し、区政改革に邁進する。
区民生活常任委員会、文教常任委員会、放置自転車対策特別委員会、清掃リサイクル対策特別委員会の委員を歴任。
その他、世田谷美術振興財団評議員、土地開発公社評議員にも選任される。
区政改革と共に議会改革にも力を入れる中、一期を終え、二期目を目指し平成15年世田谷区議会議員選挙に出馬。
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議会改革遂行を目的に4人会派「せたがや政策会議」を設置。交渉会派として各派代表者会に参加し、議会改革の推進を主張し、改革議論のテーブルを作る。議会運営委員会理事会委員。
自由党の民主党への合流時に、無所属となる。
平成18年4月、自由民主党へ入党。
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